学校紹介

旧滑川高校、旧海洋高校がひとつに!

平成22年4月、海洋高校と滑川高校による新高校「富山県立滑川高等学校」が開校しました。
新高校は、普通科(3クラス)薬業科(1クラス)商業科(1クラス)と海洋科(1クラス)の4つの学科をもつ総合制の学校です。
新高校の目指すイメージは、総合制高校のメリットを生かすこと、また、滑川高校、海洋高校両校の伝統である「文武両道」の精神を体現すること。
具体的には、それぞれの学科の生徒がそれぞれの学科の勉強に取り組みながら、同時に部活動や行事では全校一丸となって、何事にもひたむきに頑張る、そういう「活気のある学校」でありたいと思っています。

◆教育目標および教育方針

教育目標 教育方針
 学力教養
の充実
 学習、部活動・学校行事等に積極的に取り組み、自らの意志と努力で、「文武両道」を目指した高校生活を創造する生徒を育成する。
 健全な心身
の育成
 人と人との心のふれあいを大切にして、正しく責任ある行動のとれる生徒を育成する。
 豊かな個性
の確立
 自己の可能性に目覚め、向学心・向上心をもって、自らの進路を切り拓く生徒を育成する。

◆校章

kosho  平成21年10月に滑川高校、海洋高校両校の生徒から、新高校の校章デザインの図案を募集しましたところ、117点の作品が寄せられました。その中から最優秀賞となった当時滑川高校1年山元千鶴さんの作品を基本デザインとして制定されました。

 この校章は、滑川の地名の由来である「波入川」の「波」をモチーフにした曲線を基本に、学舎のある地が、「山」(緑)、「川」(青)、「海」(紺)の豊かな自然に恵まれていることを表現しています。
「高」は、高校を示すとともに、生徒目標「高きを求める情熱」の「高」であり、高みに向かう方向性を持たせています。
左下から右上へ上昇する流れは、海洋高校と滑川高校のふたつの高校の伝統を継承し、進化・発展するイメージを表現しています。
また、全体に動きのあるデザインとすることで、文武両道を実践する活気のある校風を表し、「学力教養の充実」「健全な心身の育成」「豊かな個性の確立」の教育目標を示しています。

◆沿革

「旧」滑川高校の沿革

「旧」海洋高校の沿革

大正2年 大正2年 滑川町立滑川実科高等女学校創立
(大正12年 富山県立滑川高等女学校と改称)
明治33年 富山県水産講習所設立
大正13年 大正13年 滑川町立滑川商業学校創立
(昭和3年 富山県立滑川商業学校と改称)
昭和10年 滑川町立滑川薬業学校創立
水橋町立東水橋実業学校創立
(昭和17年 水橋町立水橋商業学校と改称)
昭和16年 富山県立水産学校を開校
昭和19年 昭和19年 冨山県立滑川工業学校を開校
昭和21年 富山県立滑川工業学校を廃止
富山県立滑川中学校を新設
昭和23年
4月
学制改革により、富山県立滑川商業学校・滑川町立滑川薬業学校・富山県立滑川中学校の3校を統合し、富山県立滑川高等学校を新設。
富山県立滑川高等女学校を富山県立滑川女子高等学校に改組
水橋町立水橋商業学校を富山県立水橋高等学校に改組
富山県立水産学校を富山県立水産高等学校に改組
昭和23年
9月
高等学校再編成により、滑川高等学校、滑川女子高等学校、水橋高等学校、水産高等学校の4校が統合され、富山県立滑川高等学校に改組(普通・商業・薬業・漁業・水産製造)
昭和25年 富山県立水産高等学校の設置にともない、漁業・水産製造の2課程を分離、家庭課程を新設
定時制普通課程、商業課程を開設
昭和25年 富山県立滑川高等学校より分離し、富山県立水産高等学校を設置
昭和27年 定時制水橋分校(商業課程)新設 昭和29年 専攻科(漁業)設置(2年制)
昭和30年 定時制普通課程募集停止
昭和37年 課程を科に変更
昭和38年 家庭科を家政科に改称
昭和43年 定時制水橋分校募集停止
昭和46年 家政科募集停止 昭和50年 船舶職員第一種養成施設校の認可
平成6年 水産製造科を水産食品科に改称
平成11年 学科改編により海洋技術スポーツ科と海洋食品情報科の2学科を設置
専攻科(漁業・機関)を廃止創立100周年記念式典挙行
平成13年 定時制募集停止 平成12年 富山県立海洋高等学校へ改名
平成16年 定時制課程終止式 平成21年 創立110周年記念式典挙行
平成22年 海洋技術スポーツ科、海洋食品情報科募集停止
平成24年 富山県立海洋高等学校閉校式挙行

「新」 滑 川 高 校

平成22年 富山県立海洋高等学校と富山県立滑川高等学校による新高校「富山県立滑川高等学校」が開校。
平成25年 創立100周年記念式典挙行